「えっへん、わたしは賢者、かの有名な中国の思想家である荘周の言葉を最初に記しておく。なぜならこの物語はまさに彼の考えを彷彿とさせるからである」
胡蝶の夢（こちょうのゆめ）
「以前、わたし荘周は夢の中で胡蝶となった。喜々として胡蝶になりきっていた。 自分でも楽しくて心ゆくばかりにひらひらと舞っていた。荘周であることは全く念頭になかった。はっと目が覚めると、これはしたり、荘周ではないか。
ところで、荘周である私が夢の中で胡蝶となったのか、自分は実は胡蝶であって、いま夢を見て荘周となっているのか、いずれが本当か私にはわからない。荘周と胡蝶には確かに、形の上では区別があるはずだ。しかし主体としての自分には変わりは無く、これが物の変化というものである」
第１章
うにだんごちゃんは今一人で古民家に住んでいます。
お庭にはトマト、じゃがいも、きゅうり、ナス、ビワ、ブドウなどが植えられ、一人で食べるにはわりかし事足りるほどの収穫料でした。
鶏を飼っている、るるばあのところに卵をもらいに行く他は、足りないものは物ぶつ交換所で、庭で収穫した野菜や保存食が出来るお漬物やジャムと、ほしいものを交換するという生活です。
だからうにだんごカフェをやろうなんて思ってもいなかったんですけど、きっかけはこんな風でした。
ある日、るるばあとぺぺちゃんに会いにあべこべ村に行く時に通る、人々からは不気味がられている「名無しの森」を通りかかり、遠い昔両親に連れられて一度だけ訪れた森の中にあった洞窟にふと行こうと思いたったんです。
記憶に間違いがなければ洞窟はその森にあるはずでした。
その森はあまりにも深い森だったので人々から恐れられており、うにだんごちゃんもるるばあに会いに行く決まったルートで歩く以外はあまり足を踏み入れたことがなかったのでした。
だってただでさえ誰も近寄ろうとしない森の中、洞窟があるなんて秘密の基地みたいじゃないですか。
洞窟は暗いはずなので懐中電灯を用意して、お気に入りの運動靴も用意して準備満タン！
なんで今まで思いつかなかったんだろうと不思議に思い、興奮冷めやらぬまま、早起きして水筒を肩にかけ、おにぎりをリュックに入れていざ出発！
でも森は広く、場所も定かではありませんでしたけどね。
古民家のうにだんごちゃんの家から歩くこと30分、ようやく「名無しの森」が見えてきました。
このあたりに来ると樹齢1000年はくだらないびっくりするような背の高い木々がそびえ立ち、空が見えなくなってきます。
太陽がサンサンとした明るい日でもぐっと暗くなってくるのと急にひんやりした空気が身体を包みこみますから不気味がられるのも無理はありません。
木々にはあちこちにツタが絡まり、白くて可憐な花々が甘い香りを漂わせ、香りにさそわれるように蝶々やミツバチ達がせっせと蜜を吸いにきていました。
遠い昔、一度だけ両親に連れられて行った洞窟。
おぼろげであいまいな記憶を頼りにあちこち歩くうにだんごちゃん。
でも森の中は迷路のようでいくら歩いても洞窟らしきものは見当たりません。
あの記憶は夢だったのかしらん？
歩き疲れ失望したうにだんごちゃんはおおきな菩提樹の木の下で半ば倒れ込むように座り、しばし休憩することにしました。
水筒にいっぱい入れてきたお茶はもうほとんど残っていません。
梅干しとおかかのおむすび、もっとつくってくれば良かった。 2個だけじゃ全然足りないじゃん！
自分が森のどの当たりにいるかもさっぱり分かりません。
どうしよう、、森の奥に一人で迷い込んじゃった。
思い付きに任せてこんなところで馬鹿なうにだんご、、
泣きそうになりながらしばらく呆然とたたずんでいると、、
おぼろげに鳥のさえずりと共に水の音が聞こえて来ます。
？？
耳を澄ませながら気力を振り絞って音のする方へのろのろと足を進めるうにだんごちゃん。
気がつくとそこはうっそうと茂った茂みの間からのぞき込むまさかの洞窟の入口だったのでした。
やはり記憶の中の洞窟は存在していたのです！
懐かしい感情と興奮を抑えながら、恐る恐る足を踏み入れ、懐中電灯を岩に当てた瞬間、たくさんのコウモリ達がびっくりして飛びだちました。
うにだんごちゃんもびっくりです。
そして驚いたことに洞窟にはひっそりと小さなまあるい井戸があるではありませんか。
洞窟の中に井戸？？
驚きを覚えながら恐る恐る井戸をのぞき込むと、くっきりと意味進な表情の自分の顔が映し出されました。
喉がカラガラだったうにだんごちゃんはおっかなびっくりその澄み切ったお水をそっと手ですくい目をまあるくして叫びました。
「なにこのあまあいお水！こんなに美味しいお水飲んだことない！」
夢中になって喉を潤すうにだんごちゃん。
「えへん、わたしは自分で言うのもなんだが賢者と申す」
突然の声。
驚いたことには誰もいないと思っていた洞窟の井戸に見張り番が現れたのでした。
とても不思議な様子のそのヒトは口を開き、「その水は神聖な水だ。そして必要な者にだけ気づきを起こさせる。心して飲むのだ」と言うなり消えてしまいました。
この世のものとは思えぬお水の美味しさにすっかり賢者の存在も忘れ、肩にかけていた水筒にお水をたっぷり入れて家に持ち帰るうにだんごちゃん。
うにだんごちゃんはいいことを思いつきます！
そうだ！このお水でコーヒーを作ったらどんな味になるだろ？
さっそくとりかかります。
ぶつぶつ交換所で手に入れた大切なコーヒー豆を挽き、お気に入りのマグカップに何度も使えるコーヒーフィルターに入れた豆に沸かしたお水を注ぐとなんともいえないコーヒーの香ばしい香りが漂いました。
案の定、今まで飲んだどのコーヒーよりも美味しく、なにかうっとりするような味わいです。
これは、、うにだんごカフェを始めるしかない！と直感的に思いました。
思い立ったが吉日、すぐに倉庫に眠っていた古びたテーブルと椅子を引っ張り出し、お庭に並べました。
噂を聞きつけた村の住人がどこからもなく集まり、うにだんごカフェは大繁盛！
ちなみにうにだんごちゃんのお手製のおだんごも大好評でした。
それにしてもこんな美味しいコーヒーは飲んだことがないとみな感心しきり。
ある日、いつものようにコーヒーを注いでいると突然めまいがして意識が遠くなっていきました。
第二章
うにだんごちゃんの前世
気がつくと突然うにだんごちゃんはハチの幼虫からハチになっていました。
周りは生まれたてのハチ達でいっぱいです。
ええ〜一体全体なんだってハチになっちゃったの？
びっくりしている間もなく、世話係のハチのお姉さん達がすかさず、誕生したばかりのハチ達を集め、演説します。
「さあさあみなさん、無事にハチの成人になりおめでとうございます!」
「貴方がたには立派な任務が待っています。まずは自分が生まれた巣の穴をキレイにしましょう！」
生まれて間もなくうにだんごミツバチは自分の巣の穴を綺麗にし始めました。
黄色い子ばかりの中で、なぜか白くてとても可愛いハチがうにだんごちゃんを見て話しかけてきました。
「よろしく」わたしはべべ。
「よろしく！わたしはうに、いえみつだんごよ」
お互いにどっかで見た事あるような・・
と懐かしい気持ちを覚えながらあいさつする二人、いえ2匹でした。
外から戻ってきた仲間から受け取った蜜を新たに誕生した赤ん坊達に与えるのもとても大切な仕事でした。
女王蜂はいつも多くのオスバチたちに囲まれていてあまり見ることは出来ませんでしたが、一度近くまで行った時にはその威厳のある優雅な佇まいに圧倒されたみつだんごでした。
考えてみれば彼女のお母さんですしね。
ある時、事件は起きました。
スズメバチは日本ミツバチの天敵で、赤ん坊が狙われます！
仲間達は自分達の巣を守ろうと必死で、立ち向かっていきます。
そして羽根を一斉に震わせて体温を上昇させていきます。
我先にと立ち向かっていく仲間達。
その中にはべべちゃんがいました。
べべちゃん！待って・・
躊躇するみつだんごをよそにべべちゃんはどんどんスズメバチに向かっていきます。
戦っている仲間達はスズメバチの強さに勝てず、死んでしまうものも出てきています。 女王も心配そうに見守っています。
そしてついに多くのミツバチ達の高温作戦に勝てず、スズメバチも死んでしまいました。
必死でべべちゃんを探すみつだんご。
あっ「べべちゃん！大丈夫だった？」
「うん。近くまでいって頑張ったわ。何ぴきかは死んじゃった。でもお陰で赤ん坊達は守られたし、私たちの巣も無事で良かったね！」
お互いに喜びあう2匹でした。
いよいよ蜜探しに！
「さてこれからあなたたちは外に蜜探しに出かけます！ いよいよ一番危険度が高く、最も重要な任務になります。
「私達の巣の存続にかかっています。 籠を渡しますのでしっかり握って飛んで行ってください」
「特にこのあたりは様々な花に囲まれた恵まれた場所ではありますが、いつどんな敵があなたがたに襲い掛かるか分かりませんから、くれぐれも注意しながら蜜探しに行ってください」
「そして巣から巣立つ時は必ず仲間たちに挨拶して出ていくように。聞こえは悪いですが、これがあなた方最後のあいさつになる可能性もありますから」
驚いて顔を見合わせるべべちゃんとみつだんごでした。
「わ、私達の任務って責任重大ね。それに生きて帰れるか分からない任務なのね・・」
みつだんごは青白くなりながらべべちゃんにささやきました。
「そうね・・ 私達はこの巣の一員としてのお役目があるから・・
この世界を美しい花々を咲かせるためにそして美味しい果物を受粉させるために存在している壮大なミッションがあるのね」
「怖い時もあるけどそんな偉大な役割に関わることが出来て・・私は幸せ。
それにみつだんごちゃんというかげがえのない友達が出来て一緒に行動出来ることが本当に嬉しい」
みつだんごも涙ぐみながら「本当にそうだね」とうなづきました。
清々しい朝が明けました。
蜜を取る役割を与えられたミツバチたちはさっそく任務に取りかかります。
「みなさん、籠を忘れないでね！蜜は一滴一滴が貴重、貴方たちの大切なエッセンスです。こぼさないように丁寧に持って帰るのですよ」
「でも・・万が一あなたがたの命が危険にさらされた時にはその籠を落として早く逃げるのです」
「蜜よりもあなた方の命が最優先ですから。そして・・同じ任務の仲間達に今一度挨拶していってくださいね」
ひとしきり挨拶をしてみつだんごとべべちゃんは同じ方向に飛び立ってゆきました。
季節は夏の終わり。様々な花々が咲き乱れています。美しい世界に2人はいえ・・2匹はうっとりしました。
だってこれが2匹にとって初めての外界だったでのすから！
おしゃべりしながら楽しく蜜を取る2匹。
その花美味しそうな蜜が取れそうね！見てみて！ 可憐な細かい花びらが美しい白い花でした。
しっかりと籠を手に持ち、用心深く初めて蜜を吸うみつだんご。
「うまく吸えた？」
みつだんごはすかさずべべちゃんに聞きました。
「うんなんとか大丈夫そう。初めて花の蜜を摂るのって感動ね！」
「それにこうして一緒にこんな気持ち良いお天気にいい香りのお花畑を飛び回るのってなんて楽しいのかしら！」
「ほんと～ 楽しいよねえっ」
ふんわり香る花々を飛び回りながら楽しくおしゃべりする二匹。
「わわっ！」
突然みつだんごがなにかにひっかかりました。
蜘蛛の巣です。
「わーんべべちゃん助けて～」
「あーこれが蜘蛛の巣ね！ 透明で殆ど見えない！ みつだんごに向かって羽根を震わして糸を払うべべちゃん。 なんとか脱出できたようです。
「あー良かった。外には危険がいっぱいというのは本当ね。べべちゃんは命の恩人だね！
お互いに用心しながらお役目果たそうね」
今日取れた蜜は自分の分にちょっとだけ口に含んで巣に帰りました。
戻ってきたら籠からそおっと大切な蜜を取りだし、幼虫の元へと運びます。
朝が開けるとすぐに飛び立つ働き者のミツバチ達。
恒例のあいさつをしながらふとべべちゃんの元気がない様子が気になったみつだんご。
「べべちゃん大丈夫? なんだか疲れてるみたい」 「うん、有難う」笑顔で返すべべちゃん。
「わたしたちずっと友達だよね？」 「やることがいっぱいあって忙しかったけど、ものすごく充実してたし、合間にいろんなおしゃべりや、あまーい香りのお花達、美味しい空気を吸って日の光を浴びて一緒に行動出来て本当に楽しかった」
「うん、そうだね。なんで？これからもわたしたちずっと一緒だよ？」みつだんごは返しました。
「そうだね、ふと思っただけ」にっこりしながらべべちゃん。
今日も一緒に飛び立とうと思っていたみつだんご。
ベベちゃんが違う方向に飛んでいくのを見て「今日は一緒じゃないの？」と叫びました。
「いつも一緒だと敵に狙われやすくなるから、別行動にしよう！」と遠くから返事が。
「またねー！」笑顔で手を振るベベちゃん。
そりゃそうだよね。いつも一緒だと目立つし、気をつけないといけないね・・つぶやきながらさよならしました。
美味しそうな蓮華のお花で蜜を出来るだけたっぷり吸い、大切に籠に入れて蜘蛛の巣もなんとか避けながら無事に戻ってきたみつだんご。
戻ってきてからまたみんなと挨拶して無事を確かめあいました。
けれどもいつまでたってもべべちゃんは戻ってこないのでした。
ベベちゃん、どこ？？ もう外は真っ暗。巣から出ていこうとするみつだんごを仲間がもう暗くて危ないよ！ とみんなして止めにかかります。
仲間の一人がポツリとつぶやきました。
「みつだんごちゃんには黙ってたんだけど・・」
「ベベちゃんはもう長くはなかったんだと思う。スズメバチが来た時を覚えてる？」
「べべちゃんは勇敢に前の方で戦っていたでしょう？
「羽根を震わせて体温を高くする行動は寿命を３分の１ちかくにしてしまうの」
「だから途中で力尽きたか、敵にやられた可能性も高いわ」
「どのみち、私達はみなそう長くはない。たんたんと自分の道を全うして今を精いっぱい生きるのよ」
「べべちゃーん！！！ そんなの嫌だ―ーーっつ」思い切り叫んで仲間を困らせるみつだんごでした。
「だってだって、いっつもべべちゃんに助けてもらってたんだよ？
今度はわたしがべべちゃんを助ける番だよ！」
泣きじゃくるみつだんごちゃんがはっと目を覚めるとそこは見慣れたうにだんごちゃんの古民家でした。
あれ？ そうだ今珈琲を沸かして・・カフェをやってるんだった。
お客さんの一人が「なんだか深い眠りに落ちていたみたいだったから、起こすの悪いなあと思ってセルフサービスで珈琲を頂いてました～」
なんとものんびりした田舎ならではの答えが。
目が覚めてはっきりとさとったうにだんごちゃんは急いでるるばあとぺぺちゃんを探そうと目で追いました。
るるばあとペペちゃんもすやすやと眠りこけていたのでした。
目があった１羽と２人。
何があったか瞬時に悟ったのでした。
るるばあは口を開きました。
「わたしらは前から御縁があったメンバーだったんだ。
ところで蜂蜜は生命のエッセンスだ。
一匹が生涯に取れる量なんてたかが知れている」
「それなのに人間は刺されたら怖いだのなんだの、巣を壊したり、農薬を使ったり・・やりたい放題だ。植物の受粉を担うミツバチは、生態系を育む鍵となる存在でとても大事な役目を担っているんだよ。この美しい世界のために命がけで毎日を送ってるんだね」
「ところで今改めて思ったよ。私らの一生は短いのかもしれないけど、何度も繰り返しいろんな人生を生きて・・御縁のある仲間とはまた会えるんだって。
もうこれ以上は胸が詰まって話せないよ」
何度もうなづくうにだんごちゃんとぺぺちゃん。
「えっへん 私は賢者である」
「目の前の植物や生き物はもしかしたらあなたの友達またはあなたと思って接するべきじゃなかろうか。
だってそれらはもしかしたら君の友達だったり、君自信だったりした可能性もなきにしもあらずだ。
それが物の変化と言うものだ」
「では今日はこの辺で失礼する」
ーおわりー